石井さんは橋田さんの結婚のキューピッドであり、仕事では60年の盟友だった(写真提供◎石井さん)
『渡る世間は鬼ばかり』などの大ヒットドラマで知られる脚本家の橋田壽賀子さんが95歳で亡くなって5ヵ月。公私にわたる「盟友」だったプロデューサーの石井ふく子さんが、『家族のようなあなたへ――橋田壽賀子さんと歩んだ60年』を上梓しました。

橋田さんは急性リンパ腫で熱海の病院に入院していましたが、家に戻って希望通り熱海のご自宅で亡くなりました。東京にいた石井さんは間に合わず「こんなに急いで、一人でどこにいっちゃったのよ!」と叫んだそうです。亡くなる少し前には「あんたは私より一つ下なんだから、姉の言うことは聞くもんだ」と言われたとか――。

橋田さんのお骨は故郷の愛知に納骨されましたが、石井さんは「分骨して熱海に碑をつくりたい」と熱海市内の寺院にもお骨を納めたそうです。ともに過ごした歳月と、橋田さんの思い出を語ります。(構成=篠藤ゆり 写真提供=石井さん)

婚姻届けを出す日、橋田さんはカバンを持ってきた

橋田さんとは、かれこれ60年近いつきあいになります。松竹をやめた彼女がドラマの脚本を書いて某局に持っていったら、後日メモ用紙にされていたと悔しがっていたので、「一度、夫婦のドラマを書いてみる?」と声をかけたのがきっかけです。それが1964年に放送された『袋を渡せば』で、香川京子さんと山内明さんが夫婦役を演じました。 

その後、TBSの東芝日曜劇場で『愛と死をみつめて』を書いてもらったところとても好評で、そこからおつきあいが深まりました。

橋田さんはとにかく書くのが速いのに、ある時、締め切り日になっても何も言ってこない。もしや病気でもしているのかと心配になって電話したら、「書けない」と言います。「冗談じゃないわよ」と返したら、「好きな人ができたから書けないの」。カチンときた私は、「あなた、プロの作家でしょう。引き受けたからにはちゃんと書きなさい。で、相手は誰なのよ」。すると、私と同じTBSにいる岩崎嘉一さんだ、と。

海をバックに。よく一緒に旅行に出かけたという(写真提供◎石井さん)

 

私はすぐさま岩崎さんのところに行き、「あなた、好きな人いるの?」と。「今はいない」というので、「橋田さんがあなたに片思いをして、書けないと言っているので、困るから電話して」とお願いしました。橋田さんには「岩崎さんにあなたの電話番号教えておいたから、電話を受けてから2日以内で脚本を仕上げないと仲をぶち壊してやる」とすごんで(笑)。お互い、そのくらいのことを平気で言い合える仲でしたから。

すると、さすが橋田さんです。岩崎さんから電話をもらった2日後に、ちゃんと仕上げてきました。その後、たった10日間くらいのおつきあいで、2人は結婚を決めたみたいです。聞かされた私は、さすがに「えぇ~っ」と絶句。岩崎さんに「本当なの?」とただすと、「そうみたい」と。(笑)

私が立会人になって3人で婚姻届を出すことになり、その時、岩崎さんは指輪を持ってきました。一方の橋田さんはカバン。「なに、そのカバン」と聞いたら、「彼にずっとぶら下がろうと思って。これは私の代わり」。(笑)