3年半前の私にとっては夢のようなこと

大学病院の最寄り駅から電車に乗り、街に向かう。以前は、くれぐれも重い荷物を持たないように、階段はゆっくり、時間をかけてと言われていたけれど、今はなんの制約もない生活を送ることができている。街の大きな書店に向かい、何冊も本を買って、バックパックに詰め込む。その足でデパートに向かい、珍しい食べものを買い込んで、ようやく家路につく。

私にとって年に一度の精密検査は、貴重なショッピングの時間を確保するための口実のようなものになっている。年に一度のその日は大事な精密検査の日ではなく、すでに楽しい買い物の日になっているのだ。こんなシンプルな楽しみも、3年半前の私にとっては夢のようなことだったのだから、現代医療の恩恵に感謝するしかない。

「10代の息子たちと大型犬の体力につきあうのはただでさえ中年の私には大変なこと」(写真提供:村井さん)

家族ですら、私が大病で手術したことなど、忘れてしまったかのようだ。息子たちは、一緒に犬の散歩に出ると、私の歩みが遅いと急かしてくる。10代の息子たちと大型犬の体力につきあうのはただでさえ中年の私には大変なことなのだが、それでも彼らから離れることなく散歩に参加できる今の私は、まあまあいい感じに健康なのではないかなと思う。

若い2人は私が作る料理の塩分の低さには飽き飽きしているようで(なにせ、心臓手術経験者の私にとって塩分控えめな食生活をすることは大切で、その味付けを体が覚えてしまったのだ)、いつの間にやら自分たちで簡単な調理はするようになった。これは私にとってはうれしい誤算と考えていいのではないか。