――たしかにそうでした。「『夢の浮橋』のネームです」と送って頂いたものは、短い小説のような、とても素敵な文章だったんです。
山口 僕のときは全くそんな反応なかったです。
――すみません……反応できる時間的、心理的余裕がありませんでした。(笑)
山口 お互いドキドキでしたねぇ。もう落ちるか、もう落ちるか……みたいな。
――山口さんの下描きは人物や背景の位置を示す印のみの非常にシンプルなものだったので、いきなりそこに具体的な顔や街の風景をペン入れされると聞き、驚きました。
近藤 先日、ギャラリーでその下描きのコピーを見せていただきました。あのシンプルな下描きにペン入れができるのはやっぱり凄い。わたしには絶対無理です。下描きや補助線みたいなものがないと不安で線が引けないです。
山口 いま、NHK『浦沢直樹の漫勉』で、大御所が描く場面が見られるじゃないですか。あれでびっくりしたのが、みんなそれ出せばいいじゃん! っていうくらいの下描きをするんですね。
僕は和紙とかにも描くものですから、消しゴムをかけるとイチコロなんですよ。だからなるべく下描きしないようにやっていると、あそこまで描き込まれるマンガ家さんたちの方がむしろ新鮮で、あれくらいやっちゃうと僕ならむしろ見失ってしまう。
マンガ家の方々だってもちろん《ただなぞる線》じゃいけないでしょうし、逆にあれだけ描いていながら、最初の1回のような線を生み出せるのは本当に凄いですね。
――だとすると、山口さんは今回の「台所太平記」もふだん絵画を描かれるのと同じように描いたということですか?
山口 おかげで絵はガタガタですが、きっちりやる時間もないし、やると勢いもなくなっちゃうので、多少歪んでも勢いを楽しんでもらえればと思ってやりました。