驚くべき『台所太平記』の真実

――小説は、読んでみていかがでしたか?

山口 『台所太平記』には失われた時代の人と人のつながりが描かれ、寂しさを伴いつつも、ほっとする印象でしたね。もちろん大笑いするところもあって、大変面白かったです。

近藤 山口さんの作品を読んだあとに原作を読み返したら、私の好きな場面ばかりピックアップされていて、すごく嬉しかったです。たとえば、初さんとか。

山口 初、いいですよねぇ。初さんは戦前に谷崎家に働きに来た方で、小説でも最もページを割かれているからつい情も移って、一緒にいるなら初さんだなぁと。一方、わりと面白いところがあって、ほどほどに酷い目にあったのが銀さん。彼女が自転車に乗ったまま川に落ちて、血まみれでダッ! と這いあがってくるエピソードが大好きでして。

――主人公・磊吉がうさちゃんになっているアイディアも素晴らしかったです。

山口 ふつうのいがぐり頭のおじさんでも良かったんですが、あのビジュアルが毎度コマにあると生臭くなりすぎるかなと。語り物なので、すこし現実味をなくそうと思ったのかもしれません。

『谷崎マンガ』より(画:山口晃)

――女中さんたちの造形はどのように?

山口 小説に顔の描写があったので、わりと早くに決まりました。ただ、あとで当時の写真を見たら、絵と全然違う人たちだったのには困りました(笑)。意外と駒さんが美人!

近藤 ええ‼ 駒は不美人という意味で「しゃくれている」と表現されてましたよね?

山口 あれね、実際は「しゃくれ」じゃなくて、受け口ですよ。作劇上の誇張でしょうね。「え、この人が本物の駒さん⁉」みたいな。

近藤 駒はけっこういい男と結婚していると思ったら、美人だったんですね。

山口 作中の設定とのギャップを感じましたね。逆に鈴さんは実に設定通り。それと、絶対につり目だと思っていた銀さんが、実際はすごいたれ目だったので、間際まできたところでしたが絵を変えました。