正体がつかめない『夢の浮橋』

――対照的に、近藤さんは『夢の浮橋』を独自の解釈で、大胆にリメイクしていました。

近藤 小説では実母と死に別れた男性・糺の視点なんですが、マンガでは継母の視点に変えました。最近、娘のいる20歳年上の人と結婚して、自分自身が継母になったことも関係があるかもしれません。『夢の浮橋』は全員が何を考えているのか分からないんです。継母が自分の子を余所にやってしまったり、大きくなった主人公に乳を吸わせたり……。

糺が「お父さんが仕組んだんじゃないか」と思っているように、糺の父親が一番分かりません。たぶん谷崎は自分を父親に重ねて書いていたんじゃないかと。私も亡くなった祖母に自分を重ねることがあるんですよ。20歳年上の人と結婚しようと思ったころから「私は死ぬまでにアニメーションを何作作れるかな」と考えるようになって、今36歳なんですけど、たまに20足してうっかり自分を56歳だと思って何作作れるか計算していることがあるんです。

山口 え! うっかり相づち打てない。(笑)

近藤 時間の感覚が分からなくなったり、母親を自分の子どものように思ったりする感覚があって。そのせいか『夢の浮橋』のよく分からなさに惹かれましたね。谷崎の小説を原作にすることで、自分にはない部分から発想を膨らませるのが面白かった。コラボレーションというのは相手との意思疎通があってこそだと思うのですが、谷崎の場合は亡くなっているので「いいか!」と思い切りました。

山口 死人に口なしですから(会場笑)。著作権の概念が当たり前にある時代の方が短くて、『源氏物語』のように昔はどんどん私家版が作られ、物語は少しずつ変えられていった。時の試練を受け、変容に耐えたものが古典足りうるわけで、そういう在り方の方が自然だなと思うことはあります。作品が変わっていくのもまた面白いですよね。

(2‌0‌1‌6年11月読売新聞大手町ビルにて)

※本稿は、『谷崎マンガ』(中公文庫)の巻末対談の一部を再編集したものです。


山口晃(やまぐち・あきら) 1969年東京都生まれ。群馬県桐生市育ち。画家。都市鳥瞰図、立体、マンガ、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。またパブリックアートや書籍の装画等も手がける。2012年『ヘンな美術史』で小林秀雄賞を受賞。ZENBI-鍵善良房-(京都)にて個展開催中。(〜11月7日まで) 

近藤聡乃(こんどう・あきの) 1980年千葉県生まれ。2008年よりニューヨーク在住。アニメーション、マンガ、ドローイング、油彩など多岐にわたる作品を国内外で発表している。著書に『はこにわ虫』『近藤聡乃作品集』『A子さんの恋人』、コミックエッセイ『ニューヨークで考え中』などがある


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