鏡に映ったヒロインではなく、鏡そのものだった

しかし、森瑤子が求めたものは、本当は何だったのだろう。あれこれ思い出すことをつなぎ合わせたところで、ひとりの人間の心の奥底まで理解することなど、誰にもできない。

私は前に書いたように、森瑤子という作家と、生前、数えるくらいしか会っていない。自宅に食事に招かれたり、対談や講演で一緒になったりといった仕事がらみの接点がほとんどだった。

もう何十年もむかしに出した本のなかに、「妖精と魔女の間」という人物論が収められている。その時代に注目された女性たちの人物スケッチである。列挙してみると、

麻生れい子、石岡瑛子、笠井紀美子、杉本エマ、鈴木いづみ、太地喜和子、中川久美、長嶺ヤス子、奈良岡朋子、藤本晴美、マリー・ラフォレ、緑魔子、山口はるみ、吉田日出子、と、その時代を彩ったヒロインたちの名前が数多くあがっている。しかし、そのなかに森瑤子の名前がないのは、どういうわけだろう。自分の仕事でありながら不思議でならない。

思うにそれは森瑤子という存在が、時代の鏡に映ったヒロインではないからではあるまいか。彼女は逆に、時代を映す鏡そのものだったような気がする。

鏡は鏡を映さない。