彼女が氷をガリガリと噛みくだくのを眺めた
森瑤子は灰色の病室に独りで横たわっていた。顔色は悪く、かなりむくんだ感じだった。そこにいるのは、死を覚悟して、すべての希望を放棄したひとりの人間だった。彼女は目を見開いて私をみつめ、かすかにうなずくと、シーツから手をさしだして何か言った。
私は彼女が私に握手を求めたのかと思って、手をさしだしかけたが、彼女が指さしたのはベッドの横においてあるバケツだった。そのバケツの中にはカチ割りの氷がぎっしりつまっていた。
「氷を、とって、くださる?」
と、彼女はあえぐように言った。
「一日中、ずっと氷をくわえているの」
私はバケツの氷の一片を彼女に手渡そうとした。すると彼女はかすかに首をふって、
「もっと大きいのを」
と言った。私が氷の塊を手渡すと、彼女はそれを口にくわえ、片頬が大きくふくらんだ。
私は黙って彼女が氷をガリガリと噛みくだくのを眺めた。しばらくして口の中の氷がなくなると、彼女は手をだして、
「もう一つ、お願い」
と言った。その手首が昔とちがって細くなっているのに私は胸を衝かれる思いがした。