作家の桜木紫乃さん(左)と、ノンフィクション作家の吉永みち子さん(右)撮影=本社写真部
母との関係性をうまく築けなかったという作家の桜木紫乃さんと、ノンフィクション作家の吉永みち子さん。桜木さんが2020年に上梓し、中央公論文芸賞を受賞した小説『家族じまい』は、実母がご自身の名前を忘れたことがきっかけで書かれたそう。それぞれの幼少期から、家族ができて以降の苦しみまでを振り返ると──(構成=山田真理 撮影=本社写真部)

母というより女の部分が強い人

吉永 初めまして。以前からご著書を読んで、人の内側にある微妙な感情を「こういう言葉で置き換えればいいのか!」と感動することが多くて。今日はお話しできるのを楽しみに来ました。

桜木 ありがとうございます。こちらこそ、お目にかかれて光栄です。私にとって小説は答え探しのようなところがあるんです。たとえば家族を題材にすると、「あの時、親が言ったことにはこういう背景があったのか」と長年の謎が解けることも。

吉永 今回の対談のテーマは「母と娘」だけれど、桜木さんが家族を描く小説では、母親が家出をしていたり最初からいなかったりと、存在が希薄だったと思います。でも、2020年に出された小説『家族じまい』は、認知症になった母親を軸に物語が展開していました。

桜木 それは、実際に実家の母が私を忘れたからです。ある時、電話を父に替わってもらう際に、「ほら、あれ、あれから電話」って私の名前が出てこなかった。ああ娘の名前を忘れたんだなあと思うと、何だか気がラクになって(笑)。これは母のことも書けるなと。

吉永 若い頃はどういうお母さんでしたか。

桜木 負けん気が強く、周りをよく言わない人でした。当然友だちもできないし、義理の両親や親戚ともうまくいかない。

吉永 そういうところ、私の死んだ母親とよく似ている……。

桜木 頼みの綱は15で修業を始めた理髪師としての腕一本でしたが、同じ理髪師として店に立つ父は、母のほうが少しでも人気が高いとひがんで苛めるんです。女遊びもしたし、レジから売上をつかみだしてはギャンブルに注ぎ込むし。女の人としての幸福とは縁遠い人生だったと思います。