産んだだけじゃ、繋がってることにならない
吉永 私はその息子を「本当の孫」と溺愛する母の部屋に置いて世話を任せていたんですよ。そうすれば母が落ち着くと思って。私たちも毎日会える距離に暮らしていたから大丈夫だろうという気持ちもあった。でも彼はずっと孤独だったって。
不登校とかいろいろあった後、18歳くらいの時、「俺はこの家で誰とも繋がれていなかった」と言うから、「え、私はあんたを産んだじゃない」と答えたら、「産んだだけじゃ、繋がってることにならないよ」と。
桜木 そりゃあ吉永さん、息子さんには生まれた瞬間の記憶がないもの。きついなぁ、それは。
吉永 親にしてみれば、けっこう鮮明な記憶だから。
桜木 その記憶を共有できないところに、親子の問題の根深さがあるのでしょうね。私はゴミバケツだったと気づいた時、心の中でポキッと何かが折れました。それもきっかけの一つになって小説を書き始め、直木賞をいただいた時にやっとひとりの人間として認めてもらえるようになった。「これで世間に顔向けできる」と母に言われましたもの。
それでいて、「なんでお前ばっかりいい目に遭うんだ」と本気で言うので、数年前までは本当に面倒でした。
吉永 私もそうですよ。本を出して、テレビに出るようになって、世間にいくらか自慢できるようになったでしょ。頼むからそれで満足してください、私を解放してくださいと願ったけれど。まあ死ぬまで母の文句は絶えませんでした。