恵まれた環境よりわが家の軒を選ぶ

だが賢く優しいジョンに、どうしても直らない厄介な一面があった。大して強くもないのにやたらと喧嘩を仕掛けるのだ。私たちが引っ越した時も、裏手に住む犬とは顔を合わせるたびにいがみ合う仲だった。

運の悪いことに、ある時、大工さんが自慢の闘犬種の犬を連れて工事に来たことがある。闘争心に火がついたのか、ジョンは鎖につながれたままその大型犬に挑んでいき、片耳を無残にも半分ほど食いちぎられてしまった。

すでに片方の耳にも噛みちぎられた痕があったので、これで両耳がギザギザに。私は悲しくて、思いっきりジョンを抱きしめ、耳に赤チンを塗ってあげた。それまで私に吠えたことのないジョンがキャンと鳴いて初めて私から離れたので、よほど痛かったのだろう。

それから少し経った頃、家に遊びに来た父の知り合いがすっかりジョンを気に入り、家に引き取りたいと言ってきた。父は賛成し、犬好きの人に大事に飼われるほうがジョンも幸せだと考え、私も同意した。

新しい飼い主の家は車で20分ほどの所にあり、ジョンを連れて行くとすでに立派な犬小屋が用意されている。奥様も犬好きで、優しく迎えてくれた。これでようやく、近所にライバル犬のいない静かな場所で幸せに暮らせるだろう。

ところが数日後、その人からジョンがご飯を食べないと連絡があった。そしてしばらく経ったある日、汚れて少し痩せたジョンが尻尾を振って学校から帰った私を迎えてくれるではないか。

ショックだった。母に聞くと、昼頃わが家に戻っているジョンに気がついたという。びっくりした父が先方に話を聞いたところ、数日前、小屋を見に行くと鍵がこじ開けられており、ジョンがいなくなっていたとのこと。どうも、わずかな手がかりだけでわが家にたどり着いたようだった。さすがジョンだが、立派な小屋より粗末な軒先を選ぶなんて。犬の忠誠心がこんなにも強いとは、驚くばかりである。