「日本に来る前は、バラ色のイメージでした」
「実習生の将来が、いい企業に入れるかどうかの運次第ではいけない。ベトナム人を単なる〈労働力〉としてしか見ない日本側。また、いいことばかり言って大金を取って送り出すベトナム企業。そして、何もしない両国の政府にも問題があります。以前からこの制度の問題は指摘されていましたが、コロナ禍でさらに浮き彫りになりました」(タム・チーさん)
20年、コロナのパンデミックで帰国できなくなったベトナム人は一時、約2万人にも上った。切羽詰まった状態にある技能実習生などの外国人や留学生を救済すべく、法務省の出入国在留管理庁は、特別措置で在留期間を延長し、禁じられていた転職も認めた。しかし転職しようにも雇用先が見つからず、帰国しようにも飛行機の減便で帰れないケースが相次いだ。
不況で会社を解雇され、お金が稼げず、食事にも事欠く状態。そのため農家から野菜や果物、子豚を盗み解体する事件まで起きた。ベトナム人同士の抗争も相次ぎ、殺人事件にまで発展している。
タム・チーさんは、「同胞の起こした事件が恥ずかしかった」という。
「少しでも犯罪を減らして、日本人の信頼を取り戻し、来日したベトナム人にも日本を好きになってもらいたいと思いました」
さらに哀しい事件も起きている。昨年、熊本在住のベトナム人女性実習生が死体遺棄容疑で逮捕された。彼女は借金を抱えて来日し、その後、妊娠。しかし妊娠が職場にバレたら解雇、帰国させられると思い、周囲には黙って〈孤立出産〉したのだ。出産した双子は死産し、段ボールに入れて自室に安置。今年7月、熊本地裁は懲役8ヵ月、執行猶予3年の判決を言い渡した。
「日本に来る前は、バラ色のイメージでした」
と話した女性は、技能実習制度の被害者ではないのか。多額の借金を抱えて来日する実習生の現実。妊娠したら働き手にならないという理由で解雇する雇用者。そして妊娠を隠さざるをえなかった女性。それを、加害者として断罪されたのには心が痛む。
「日本の社会になじめず、寂しさから身近な相手と恋愛関係になり妊娠する女性も多い。妊娠がわかれば大多数が仕事を辞めさせられます。そうなれば借金を抱えて帰国せざるをえない。人工妊娠中絶を選ぶ人もいます。これまで私も30人以上の水子を供養してきました。これが現実なのです」(タム・チーさん)