お金と時間を使い、痛い思いをしても
お金を使い、時間を使い、痛い思いをしても乗馬を40年近く続けてきたのは、やはり乗馬が好きだからだ。夫を亡くしたのは、57のとき。夫は60歳で、定年退職を目前にしていた。自由な時間を手に入れ、好きなことができるまで、あともう少しだったのに。ああ、人間はできるときにやりたいことをやらなければいけない、とそのとき悟った。多少何度か骨を折ったとしても。
夫を亡くしてしばらく経ったある日、偶然『日本語ジャーナル』という雑誌を手に取った私の目に、「日本語教師で世界に羽ばたこう」というキャッチフレーズが飛び込んできた。ちょうど知人のモンゴル人から、モンゴルの大学で日本語教師の枠に空きが出たことを聞かされたこともあり、60代で日本語教師の資格を得てモンゴルに渡り、13年暮らした。
その私が、なぜいま日本にいるのか。それは一昨年、74歳で鎖骨を骨折したからである。治療のために日本に一時帰国したところ、そこでコロナ禍となり、モンゴルに戻れずにいるのだ。
運命に逆らうことなく、大きな川の流れに乗っていたら、いつのまにかこういう人生だった。若さのために乗馬を始めたわけではないが、結果、年齢のわりに若々しさを得ているのも事実である。
そもそも、長く続けられるのには、乗馬というスポーツの特殊性がある。実際に運動するのは馬であり、人は背に跨って、馬と心を合わせながら馬の動きをコントロールしていく。私たちに求められるのは、体力ではないのだ。
だから今年の東京オリンピック馬場馬術で、表彰台に立ったのは3人とも女性だった。ちなみにソウルオリンピック馬場馬術の日本代表選手のひとりは、63歳。ロンドンオリンピックの日本代表選手は、71歳。
乗馬というスポーツに限っては、体力自慢のマッチョな男であれ、私のような77歳の老女であれ、対等なのだ。乗馬に巡り合えたことに、いまはただ感謝するばかりである。