不確かな時代に歴史を振り返る

4月29日と12月23日。二つの誕生日に残された刻印はあまりに明確である。
しかし、戦争の記憶が遠くなるにしたがい、私たちはそのことを忘れてはいないだろうか。

暦のうえの日付だけではない。
私たちの足下にも、歴史の地層が幾重にも埋まっている。

東條英機らA級戦犯が収容されていた巣鴨プリズンの跡地は、池袋のサンシャインシティになっている。
マッカーサーが占領政策を次々と繰り出した司令室は丸の内の第一生命ビルにあった。
ケーディス大佐と子爵夫人が初めて出会ったのは、麻布の旧石橋正二郎邸(旧ブリヂストン美術館永坂分室)だった。

ほんの70年前、我々が暮らしている同じ空間で、戦後を生き抜いた人々のドラマがあり、この国の新しい形が決められていったのだ。

猪瀬氏は、本書の姉妹篇となる『昭和16年夏の敗戦』で、日米開戦にいたる道のりを描いた。
「総力戦研究所」によるシミュレーションで必敗を予言されていたにもかかわらず、日本組織に特有の「空気」にとらわれ、無謀な戦争に踏み切った。

一方、『昭和23年冬の暗号』に描かれた勝者アメリカの、いかに合理的なことか。
両国のくっきりとした対比が、白と赤のカバーから伝わるだろうか。

左『昭和23年冬の暗号』右『昭和16年夏の敗戦 新版』。ともに中公文庫

猪瀬氏は巻末の書き下ろし論考「予測できない未来に対処するために」でこのように述べている。

「現代の日本人は歴史という軛(くびき)から遊離して漂っている。そのためにいっそう強い風(=空気)になびきやすい、そこが危ない」

SNSが普及し、世論はより空気に流されやすくなった。
さらに昨年からコロナ禍という未曾有の事態も生じている。
世界も日本も大きく変化しつつある現代において、「空気」に流されない知性と意思を身につけるためには、足下の歴史を見つめ、学びとるほかない。

まずは過去を知ることで、未来を語ることができる。そのことを、『昭和23年冬の暗号』は教えてくれている。


昭和23年12月23日、東條英機をはじめA級戦犯が処刑された。なぜ皇太子明仁の誕生日、のちの「天皇誕生日」が選ばれたのか。そこにアメリカが仕掛けた「暗号」から敗戦国日本の真実を解き明かす、『昭和16年夏の敗戦』完結篇。
再刊にあたり書き下ろし論考「予測できない未来に対処するために」を収録。