99年から11年間、新国立劇場の2代目舞踊芸術監督を務めたが、そこでも苦労続きだった。今の隆盛ぶりからは信じられないが、当時は新国立劇場バレエ団に逆風が吹いていた。有名ゲストを招いたり人気演目を上演したりすると、「民業圧迫」だと批判されたのだ。
薄いダンサー層を補うために、牧阿佐美バレヱ団からダンサーを出演させると「公私混同」と誤解された。「主力を貸し出すと、ウチの公演は成り立たない」と嘆いていたのを、記者は何回聞いたことだろう。ただ、専属バレエ団を持つ国立劇場を作ることは、バレエ界の先人たちの悲願。牧さんは、その「夢」に魂を吹き込むために献身したのだ。
牧さんが厳選した名作を、妥協なく鍛え上げられたダンサーたちが懸命に踊るうちに、新国立劇場バレエ団の評価は徐々に上がり、逆風は鎮まっていった。
集大成となった2009年のモスクワ・ボリショイ劇場公演では自作『椿姫』が喝采を浴びた。「寄せ集め状態」だったバレエ団を世界レベルに引き上げたのだ。さぞかし満足したかと思いきや、10年に退任する時のインタビューで明かしたのは道半ばの思いだった。
「まだやり残したことはある。国立バレエ団は国の代表。日本一でないといけないんですよ」。