男は過去を振り返らない

スーパーマンの父は病気をしないどころか、自身のイメージはそれ以降も決して年を取ることがない。定年退職後に通い始めたジムには、ずっと週3回通っていると思い込んでいるし、月に何度かゴルフも行っていると信じている。それを自慢げに親戚や友人に話す場面を何度も見てきた。

「ジムで体を鍛えているから、病気もしない。人間、一に健康、二に健康、三、四はなくて五に健康ですよ」

相手が大病を患っていても平気で言う無神経さに、何度気まずい思いをしたことか。話を誇張したり盛ったりするのが好きでない私は、恥ずかしくて、つい父に注意してしまう。

「パパ、いろいろ病気したでしょ。胆嚢は取ったし、前立せん肥大、胃がん、食道がん」

口が立つ父は、すぐさま言い返してくる。

「男は過去を振り返らない。過ぎたことは全部忘れた。覚えていても意味がない」

私には弟が一人いたが、40代で亡くなっている。父娘二人きりだから、できるだけ仲良くしていたいと思っているのだが、ついカッとして言い合いになってしまう。

「病気ぐらいしたって当たり前なのに、なんで見栄を張るの?」

「俺は病気なんかしていない。健康だから、お前は介護をしないですんでいる。子供孝行してやっているのに、文句ばっかり言うな!」

一瞬、父の言い分に説得力がある気がして、私は引き下がってしまった。

今思えば80歳を境に、人に対する配慮のなさが増え、自分自慢が顕著になり、都合の悪いことは忘れるという兆候が現れていた。それを個性だと思って目をつむっていたことが、良かったのか悪かったのかわからない。誰でもなる「年寄りの傾向」と捉えていた私は、このくらいは仕方がないと、諦めの境地で父と接していた。