「パパ、私と一緒に住まない?」
ところが2020年春、新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態制限が出ると、父の様子が急に変わってしまった。程よく膨らんでいた風船が、1週間後に気付くとひとまわり小さくなっている、といった感じに父がしぼんでいく。
緊急事態宣言が出て、月に一度の会社のOBのランチ会が中止になったことは、すごく寂しそうだった。共通の話題があり、信頼できる社友たちと話せるのが生きがいだったのだと思う。たまに行っていたジムは休館だし、おしゃべりをする場所がない。90歳を超えた父の友達の多くは亡くなっていて、電話をする相手もいない。残る話し相手は、口うるさい娘の私だけだ。
父の寂しさはわからないでもないが、国民みんなが同じ状況でたくさんの我慢をしていることを説明するしかない。学校に行けなかったり、公園で遊べなかったりする子供たちはもっと辛いはずだと諭すのだが、父には通じないようだった。緊急事態宣言がなかなか解除されない中で、初めて父がぼやくのを聞いた。
「戦争中でも友達には会えた。俺は風邪も引いたことがなくて健康なのに、コンビニに牛乳を買いに行くだけでも、マスクをしなければならないなんて……」
張り合いをなくした父は、朝起きるのがすっかり遅くなってしまった。起きても何もすることがないから、起きる意味がないということらしい。一人暮らしを続けたいと父が言うから、通いで家事をしに行っていた私だが、同居に踏み切る時がきたのではないかと思った。
2020年6月、私は意を決して言った。
「パパ、私と一緒に住まない?」
「嫌だ。誰の世話にもなりたくない」
非常に端的に意思が表現されていて、短い言葉の中に、良くも悪くも父らしさが込められている。クールな顔で言ってのける父を見て、私は様々な思いが交錯した。