今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『剛心』(木内昇著/集英社)。評者は女優・作家の中江有里さんです。

もし妻木が現代にいたなら

建築用語である「剛心」――その建物が持つ強さの中心点――をタイトルにした本書は明治の建築家、妻木頼黄を軸に近代日本の姿をあぶり出した長編小説。

幕臣の父を早くに亡くし、17歳で単身渡米、のちにコーネル大で建築を学んだ妻木は、井上馨の「官庁集中計画」に参加する。

なんといっても魅力的なのは妻木その人。圧倒的な才能と行動力、徒党を組まず、維新後に欧米化の一途をたどろうとする都市において、日本らしい建築を目指そうと奮起する。彼の胸にあるのは幼い時に目にした江戸の町並みだ。

交わった人々の目を通して描かれる妻木の人物像に、「こんなすごい人がいたのか」と何度も心揺さぶられた。特に第二章の広島臨時仮議院建築時、大工や材料を現地でそろえ、納期と予算を守って完成させたエピソードは妻木でなければ無理だったのでは、と思う。

どれだけ有能な建築家でも一人では建築物は作れない。妻木は職人へのリスペクトを忘れず、彼らの心をつかんだ。また他者の意見に耳を貸しながら、自分の理想は崩さない。現代にも通用するバランス感覚の持ち主。

海外へ行くと景観がそのまま国の文化や歴史を表している、と感じることがあるが、逆に言えば建築物によって国のあり方が形作られる。そのことを妻木は知っていた。

建築物は一度できると簡単に建て直せず、その評価は時を経てから下される。大きな建築であるほど、注目を浴びるし、称賛もあれば批判もされる。どんな揺れにも耐える剛心の人でなければやりきれない過酷な仕事であった。

妻木が官吏として国の礎となる建築物を手掛けたのは、報酬や名誉のためでなく、日本の景色を守るためであった。もし妻木が現代にいたなら、この令和の世はどう見えるだろうか。著者が妻木を通してそう問いかける。