今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『h-moll』(平川綾真智著/思潮社)。評者は書評家の豊崎由美さんです。

美しくなくてやかましくてわかりにくい。それが、いい

東日本大震災。あの時、福島で被災した詩人の和合亮一がツイッターに投稿し続けた、余震や停電といったリアルタイムの恐怖や不安を実況する詩が話題になったことを覚えている人は多いだろう。でも、正直言って、わたしの心には残らなかった。和合さんの言葉があまりに美しく、そして、あまりにわかりやすく共感しやすかったからだ。

あれから10年。わたしはようやく自分の胸に刺さる詩を発見した。それが平川綾真智の「しんじつ君日和」だ。

2011年3月11日午前2時36分29秒、九州の熊本にいるしんじつ君はブログ詩を始める。そこに掲載されたのはイタリアンレストランでランチに食べたリゾットの食レポ詩。次に載せたのはカシスシャーベット礼賛詩。ここにきて、ブログのコメント欄が「不謹慎あやまれ」と荒れていく。

この連作詩は東日本大震災時、2016年の熊本地震時における、しんじつ君の食べ物をテーマにした詩と、そこに寄せられるネットスラングの罵倒、ツイッターの投稿を並列することで、詩の純粋性ゆえの無力さを浮かび上がらせる。

遠いところで起きた大地震と、ごく間近で起きたそれを対比することで表れる心と体のありようの違いを明確にする。全体として美しくない。やかましい。わかりにくい。それが、いい。それがリアルで、それが切実。それが現代詩。

この作品他19作品を読むことができる詩集『h-moll』に連なっている、簡便な共感を拒む言葉たちによって、わたしの中の手垢まみれの言葉が殺されていく。その激烈な経験こそが、現代詩を読むということなのだと思う。