今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『問題の女』(平山亜佐子著/平凡社)。評者は書評家の東えりかさんです。

誰の力も借りずに生き抜いた幽蘭は生々しいが憎めない

2019年NHK大河ドラマ『いだてん』に登場する「本庄」という男っぽい女性記者のモデルは、本荘幽蘭ではないかと推測される。挿話収集家の平山亜佐子は当時の新聞記事を渉猟し、彼女の一生を克明に辿るスリリングな一冊を著した。

明治十二年、幽蘭は元久留米藩士で実業家の本荘一行の二女として誕生した。本名は久代。元芸者の妾と暮らしていた父のもとで幼少期を過ごし、精神を病んだ実の母と姉とともに本荘家に引き取られる。

父親により何度も縁談が破談になり、思いを寄せられた男に暴行されて妊娠。堕胎を強要され、そのうち正気を失った久代は巣鴨病院で治療を受けた。この経験が彼女に一生付きまとう。

快癒した久代は明治女学校に入学し、「新時代に即した真の婦人をつくる」という啓蒙的な教育を受けた。本荘幽蘭というスケールの大きい突然変異体のような女性を作った基礎がこの学校にあるように思われて仕方ない。

教師や同級生は優秀であったと賞し、眼光鋭い美人であったと語る。確かに本書の装幀に使われた写真は凜とした美しさがある。

卒業後、初恋の人と結婚したものの男児を出産したのち出奔。ここから捉えどころのない人生を送ることとなる。

職業は新聞記者、女優、救世軍兵士、保険外交員、尼僧など数十種。生涯50人近い夫と120人以上の交際相手を持ち、国内では飽き足らず中国、台湾、朝鮮半島、シンガポールに出没し、信仰もキリスト教、神道、仏教と身軽に乗り換えた。

当時の新聞媒体は彼女の動向を詳しく伝えたため、多くの人が本庄幽蘭の存在を知っていた。

病める時も健やかなる時も、誰の力も借りずに生き抜いた幽蘭は生々しいが憎めない、と著者は言う。

人々はスキャンダルに熱狂した。だがすぐ忘れられ歴史には何の関与もしない。それが面白いし興味深い。明治から大正に咲いた仇花「幽蘭」の謎を楽しんでほしい。