「私は22にして思いましたね、歌舞伎役者としてミュージカルをやる以上は、きっといつかブロードウェイまで行って、英語でやってやろう、と」(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける俳優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く新連載。第1回は歌舞伎役者で俳優の松本白鸚さんです(撮影:岡本隆史)

弟との思い出がいっぱい浮かんで

――白鸚さんの前々名「市川染五郎」は、私のやや遅い青春時代のアイドルの名前だった。

ラジオから流れる「野バラ咲く路」の深みのある染五郎の歌声に耳を傾け、ミュージカル『王様と私』に目を見張り、井上靖原作の『蒼き狼』の成吉思汗役に心を揺さぶられた。

 

歌舞伎の家に生まれていながら、父と一緒に松竹から東宝に移って、22歳で『王様と私』というブロードウェイ・ミュージカルのキング役に抜擢された……それが私の第一の転機かもしれませんね。越路吹雪さんが家庭教師のアンナ・レオノーエンズ役。あのときはみんなびっくりしましたからね。

それで一躍アイドルみたいになって。先日亡くなった弟の(中村)吉右衛門は、幼少のときに祖父・初代吉右衛門の養子になって、播磨屋の家を継がなきゃいけないという重圧があって大変苦労したと思いますけど、でも私もこれで、あんまり楽ではなかったですからね。人生そのものを二人とも存分に味わった、という意味では、同じだなぁ、という気がします。