杉原を演じるにあたって、内閣情報調査室についてずいぶん調べたんです。でも、調べても調べてもオブラートに包まれている部分が本当に多くて、近づくことができなかった。官僚の方にもお話を伺ったんですが、誰に聞いても「内調のことは我々でもわからない」と。

いつもは調べ尽くしてから現場に入るのに、今回は靄がかかった状態のままでしたね。それでやむなく、台本に書かれていることと現場で湧き起こる感情を大切にしながら演じていくことに集中しました。

シム・ウンギョンさんが、テイクを重ねるたびに異なる表情だったり、違うベクトルの熱量をほとばしらせたりするんですね。それを受けて僕の中に巻き起こるものを出していくようにしました。あれは、刺激的でいい経験だったなあ。

杉原は正義感が強く、官僚として国民に尽くすという矜持を持っています。だから真面目に内調の仕事をこなしながらも、ものすごい違和感を抱え込む。本当はこうしたい、納得できない、正しくはこうあるべきだ……と思う一方で、愛する妻子や生活を守らなくてはなりません。その中で揺れ動き、ときに大きな力に飲み込まれそうになる、そんな自分の弱さを自覚しているから苦しいんです。シム・ウンギョンさん演じる記者はそこを鋭く突いてきます。

何を手放すか、何をつかみとるか。権力の内側で杉原はもがきますが、この杉原の葛藤って、別に官僚でなくても、組織と個人という関係性のなかで誰もが感じるものですよね。だから、この作品のメッセージは、きっと多くの方に共感してもらえるのではないかと思います。

最初に脚本を読んだときに、真実と真実でない情報が入り交じって存在する現代のネット社会において、自分はそれを見抜く目を持っているのか、流されている一人ではないのか、ということを、自分自身にもう一度問いかける作品だなと感じました。先日、完成した作品を見たときに、改めて同じ思いが湧き上がって……。見てくださった方の心の中にも、同じことが起こったらいいなあ。

 

気を抜いてなんかいられない

スクリーンの中のもがき苦しむ杉原の表情は、見ている側の胸をもき乱すが、インタビュー中に浮かべる表情は、終始明るく爽やか。どんな質問にも、淀みなく快活に答える。

そんな松坂さんに、「役柄の幅を広げてきたことで、自分にとっての武器になるものが見つかりましたか」とたずねると、この日、初めて言い淀んだ。

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うーん、武器か、なんだろうな。武器と言えるかどうかわかりませんが、強いて言えば、「この店、ラーメンだけじゃなくて、カレーもあります」ということでしょうか。出せるメニューが増えました。

たとえば『娼年』をやったおかげで、濡れ場の連続でも、全裸でも、日和ることはないです(笑)。主演も助演も、メジャー系もミニシアター系も、舞台もテレビも、そして重厚な作品も軽いタッチのものも、バランスをとりながらいろいろやらせてもらってきました。その積み重ねが、僕の力になっているような気がします。