ああ、そうだ。今日はお祝いなのだ。誰もしてくれない、私の退職祝い。自分へのご褒美にこの高価なバッグを買うのは、とても正しいことのように思えた。そうすべきだと思った。私は笑顔を作り、「ええ、ちょっとお祝い事があって。これ、いただくわ」と告げた。

うやうやしくクレジットカードを受け取った彼女は、優雅な仕草でバッグを包装しはじめた。まずは薄紙に包んでから箱に詰め、さらにブランドロゴ入りのショッピングバッグに入れる。それを掲げて店舗の外まで私を見送ってくれた。

快感が身体を走った。ショッピングバッグのロゴに周囲の視線が注がれている。それは、渇望していた感覚だった。心にぽっかり開いた穴を、バッグが、店員の態度が、すれ違う人の視線が埋めてくれるような気がした。

その日は一晩中バッグを眺め、手触りを堪能した。眩い輝きが私の心を支配してしまった。

 

渇きを感じるたびに店へと足を運び

退職の翌日から転職活動を始めるも、私は奈落の底へ突き落とされた。14年のキャリアは実績としてまったく評価されない。むしろ、新人として採用するにはマイナスなのだ。年齢もネックになった。

私は水を求める旅人のように、再びあのブランド店へと向かった。偽りでもいい、一瞬でいいから、チヤホヤしてほしい。店に入ると先日の店員がやってきて、こう言った。

「松村様」

驚いた。たったひとつバッグを買っただけなのに。その日も迷いなく、バッグとお揃いの財布とパスケースを購入。店内で品物を見ているだけの客とは違い、店員から親しげに話しかけられる私は「選ばれし者」。現実とは真逆の扱いに恍惚とした。

その後も、心が渇きを感じるたびに店へと足を運び、高価な品を買った。仕事はまだ決まっていなかったが、行けば行くほど扱いはよくなっていく。すぐにソファーに案内され、次々に品物が目の前に運ばれる。

品定めをしている間、バッグと財布の手入れをしてもらい、ドリンクサービスも受ける。まるでシンデレラのようだった。恵まれない境遇も舞踏会が忘れさせてくれる。