宿主を操る奇妙な寄生虫、ハリガネムシ。その性質と同じようなものを持った人が人間界にもいると言うマリさん。たしかに歴史をふりかえると、ハリガネムシ系の女性に翻弄された人は多くいたようでーー。(文・写真=ヤマザキマリ)

人間界のハリガネムシに寄生された皇帝ネロ

ハリガネムシという奇妙な生物をご存じだろうか。見た目は細長い紐のような形状をした寄生虫だが、寄生したカマキリなどの昆虫を操作し、自分の生息域である水中に無理やり飛び込ませる。その結果、宿主が死ぬとハリガネムシはその体を離れて、また別の昆虫に寄生を繰り返す。

なんとも恐ろしい生き物だが、人間界にもこういう性質を持った人というのがいる。

古代ローマ時代の皇帝のひとりであり、暴君として知られるネロには、今時の言葉でいえば“毒親”と称されるであろう、強烈な業を負ったアグリッピナという母親がいた。

アグリッピナは自分の息子をなんとしてでも皇帝として君臨させたいという野望に駆られて、あらゆる非道な陰謀をめぐらせて念願を果たす。その後、アグリッピナはハリガネムシとなってネロに宿り、大帝国の統治を操作しようとするが、耐えられなくなったネロはついに母親を殺してしまうのである。

ところがそれですべては収まらない。その後、ネロが迎えたポッパエアという皇妃もまたハリガネムシ系の女性で、ネロはますます精神的なバランスを崩していってしまう。

母親も妻も確かに厄介な存在だったのはわかるが、ネロ自身、皇帝を担うには隙だらけの人物だったとしか思えない。後世にまで語り継がれるような暴挙を働いたのは、おそらく自分のそんな弱みを自覚していたからなのだ。