人間として立派な人に
そして、結びの一番。若隆景も高安のように「優勝意識緊張型」になるのかと予想する以上に、相手が悪いと思った。「優勝争いかき回しの技」をもつ大関・正代だ。
若隆景は緊張で体が動かないことは全くなく、得意のはず押し、いつも心がけている下からの攻めを必死に披露したが、正代は立ち腰のまま圧力をかけて寄り切った。
正代は、14日目は高安を破りカド番を脱出。8勝したから安心して気が緩むかと思ったら、千秋楽の結びの一番で大関の実力を見せた。
その前の取組は、10勝4敗の新大関・御嶽海と8勝6敗の大関・貴景勝で、御嶽海が上手出し投げで勝ち11勝となった。期待された御嶽海の優勝は14日目に琴ノ若に敗れて夢と化した。御嶽海と共に有名になった母親のマルガリータさんも残念だったことだろう。
毎日必死に見える貴景勝が8勝で終わり、初日から4連敗した正代が9勝をあげた。
正代に、立ち直った理由と優勝争いかき回しの極意をインタビューしてほしかった。優勝を争う二人に勝ったのだから、正代が一番強いのか? 正代は今場所の影の主役だったのだ。
今場所で相撲の取組以外で印象に残ったのは、7日目の正面解説の尾車親方(元大関・琴風)の話だ。場所後に65歳の定年を迎える。出世は早かったが、大きな膝の怪我で苦労し、親方になり55歳のとき頸椎の大きな怪我をして体が動かなくなった。しかし、懸命なリハビリをして復活し、その姿は弟子たちに勇気を与えた。尾車親方は、「勝負の世界で出世できなくても、人間として立派な人になってほしい」という気持ちで弟子を育てたという。
心にしみるなあ、この言葉。こういう言葉も聞けるから、大相撲ファンはやめられない。