唾液はどこから出ているのか? 目の動きをコントロールする力は? 人が死ぬ最大の要因とは? おならは何でできているのか? 私たちの体は謎だらけ。その不思議に迫った、外科医の山本健人さんによる累計16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』から一部を抜粋、編集してお送りする本連載。第4回は、「医療ドラマと全身麻酔」。“全身麻酔”と聞くと怖いイメージがあるかもしれませんが、私たちの身体を上手く利用した興味深い技術です。その仕組みとは――
医療ドラマと全身麻酔の真実
全身麻酔手術を受けた人の家族からよく驚かれるのが、終わった直後から本人が話せることである。手術室からベッドで搬出されてきた患者と、そこに駆け寄る家族、という光景は医療ドラマでもよく描かれるが、それに本人が受け答えする、というシーンまで描かれることはあまりない。
どちらかといえば、病室に戻ったのち、ずいぶん時間が経ってからゆっくり覚醒し、
「やっと目が覚めた!」
と横で見ていた家族が喜ぶ、というのがドラマではお決まりのシーンだ。
実は、多くの全身麻酔手術において、麻酔から覚めるのは「手術直後」である。手術室の中で麻酔から覚め、手足を動かしたり、話しかけに応答できたりすることが確認されたのち手術室を出るからだ。全身麻酔については「眠っている間に終わる」と説明されることが多いが、厳密には、意識を失うだけで十分というわけではない。
「鎮静」「鎮痛」「無動(筋弛緩)」を全身麻酔の三要素という。麻酔中はこれらがすべて維持される必要があるのだ。
「鎮静」とは意識をなくすこと、「鎮痛」とは痛みをなくすこと、「無動」とは筋肉を弛緩させ(ゆるんだ状態にし)、動きをなくすことだ。これらを、別々の薬を使って実現するのが現代の全身麻酔である。
鎮静は、揮発させた麻酔ガスを用いる吸入麻酔薬か、静脈から注射する静脈麻酔薬を用いて行い、鎮痛と筋弛緩は専用の注射薬で行う。いずれも効果が短時間で、調節しやすいのが特徴だ。麻酔中は薬を持続的に投与し、終了時は投与を止めると自然に効果が切れていく。ただし、筋弛緩の状態からもとに戻す際は、拮抗薬(薬の効果を打ち消す薬)を用いることも多い。