「俺、なんで泣いてんだろう」

DMATの小早川義貴は昼前に、いったんダイヤモンド・プリンセスを下りている。福島県二本松市の民間病院で、非常勤医師として定期的にアルバイトを引き受けており、11日の夜が当直勤務にあたっていたからだ。

下船直前はすさまじい忙しさであった。

症状があって早めの治療が必要とみられる人をトリアージするために、部屋を訪問して診察し、下船の手続きを進めて、それぞれ病院に運ぶ車に乗せて送り出す。そのさなかに小早川は、申し訳ない思いで船を離れた。

「空気って、うまいなあ」

船を下り、埠頭を歩き出して最初にそう思った。

8日の早朝にはじめてダイヤモンド・プリンセスに乗り込んで4日間、めまぐるしく時間が過ぎていった。思えば、ウイルスが広がる閉鎖空間で、ずっと緊張しっぱなしであった。どこか息苦しいような、閉塞感のような感覚が続いていた気もする。久しぶりに陸上を歩き、吸い込んだ外の空気が、それを解放感に変えてくれたのかもしれなかった。

DMAT事務局の大野龍男にバス停まで送ってもらう車の中で、ふと気付くと、涙がぽろぽろとほおをつたっていく。

「あれ、俺、なんで泣いてんだろう」

自分でもわけがわからなかった。