自分が周囲の人を欺いているかのような

バスでJR鶴見駅まで行き、京浜東北線に乗り込むと、周囲の人びとはいたってふつうに電車に揺られている。あまりにも日常的な風景であった。

ついさっきまで身を置いていた場所からそれほど離れていないのに、大きな落差を感じた。同時に、自分がここにいていいのだろうか、という漠然とした不安感にも襲われた。個人防護具を着けていたとはいえ、さっきまで新型コロナウイルスの集団感染が起きている船の中にいたのだから。

自分が周囲の人を欺いているかのような、どこか後ろめたいような気持ちになった。

「現場では、誰がサボっているわけでもない。船医さんも、自衛隊も、僕らも、みんな頑張っているんだけど、それでも、何日も診察を受けられない人がいて、薬が届かない人がいて。でも、悪意をもってサボっている人なんて、本当に誰もいない。それでも、やっぱりとんでもないことは起こるんだよな」

山積みの課題に、取り組んでも、取り組んでも、なかなかゴールが見えない。その過程で、人びとの不満や不安、苦痛を直接、受け止めた。

目の前の不条理に、誰にぶつけてよいやらわからない、ままならない思いを抱えながら、悲しみとも、怒りとも、何とも峻別(しゅんべつ)できない感情があふれて、涙になったのかもしれなかった。

※本稿は、『命のクルーズ』(講談社)の一部を抜粋したものです。引用にあたり、数字・漢字の表記を改め、一部言葉を補いました。


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2020年2月、3711人の乗員乗客を乗せたダイヤモンド・プリンセス号の船内で新型コロナウイルスの感染が拡大。乗客乗員を船内に隔離したまま、1カ月半にわたり横浜港・大黒ふ頭に接岸することとなり、最終的に死者は13人、感染者は712人にまで及んだ。混乱をきわめた船内で、医師たちは困難なミッションにどうあたったのか? 「薬を」「情報を」焦燥を募らせる乗客の気持ちに、彼らはどう向き合ったのか? やがて迎えた、大切な人との別れーー。医師、乗客への重厚な取材で描きだす、感涙のノンフィクション。