子どもたちの疑問に答えるテレビ番組で「人はなぜ絵を描くのか?」と質問され、すぐに返せる言葉が見つからなかったというマリさん。絵の歴史や自らの人生を振り返って、たどりついた答えとはーー。(文・写真=ヤマザキマリ)
人はなぜ絵を描くのか
先日、子どもたちの疑問に手紙で返事をするというテレビ番組の収録があった。私への質問は、「ぼくは絵を描くのが苦手です。人はなぜ絵を描くのですか?」というものだった。
人はなぜ絵を描くのか。絵を生業にしていながら、すぐに返せる言葉が見つからない。
スペイン北部のアルタミラ洞窟に残されている壁画は約1万8000年前のものだが、クロマニヨン人の絵師によるその描写の素晴らしさにはピカソも圧倒され、「これ以上の絵は誰にも描けない」と絶賛したという。
私も現地を訪れたことがあるが、アルタミラの動物たちは他の洞窟画と違って数種類の顔料で表現されているうえ、色彩には濃淡を演出する技法まで用いられているのだから、ピカソが驚いたのもよくわかる。
そもそもこうした壁画はなぜ描かれたのか。
被写体が、当時の人々が狩猟していたバイソンなどの野生動物であることから、狩猟採集社会における祈禱対象だったという見方もある。見えないものを描き出す不思議な力を持った絵師はシャーマン的な役割も担っていたのではないか、という学説もある。
私はシャーマンではないが、バスタブのない長期海外暮らしで入浴への願望がつのったために風呂漫画を描いた。だから欲求や願望が絵画表現の動機となったという説には強く同調したい。