うじうじ悩む時間は無駄ではない

ところが今の世の中は、いかにジョッキーの役割を強めるかという方向だけで物事が語られがちです。メディアも「ポジティブになろう」「自己管理能力を高めよう」と社会に向けてメッセージを送る。それで短期的にはジョッキーのコントロールが利くようになったとしても、長期的には馬が死んでしまいかねません。そもそも人はポジティブになることもあれば、ネガティブになることもある。どちらか一方というのは不自然です。

ときには手綱を緩め、好きなように馬を走らせることも必要でしょう。失敗したら、周りの人に馬のお尻をぬぐってもらえばいいじゃないですか。そのかわり自分も誰かの尻をぬぐう。本来、人間関係とはそういうもののはずです。

また、クライエントと接していて感じるのは、子どもの頃の親子関係が今の生きづらさにつながっている方が多いという事実です。過去は変えられません。しかし、過去について物語り、解きほぐし、悩みや苦しさを誰かに受け止めてもらえたら、過去の傷は和らぎ、耐えうるものになることもある。

僕はこの本で、悩むことを「夜の航海」に喩えました。一番伝えたかったのは、「みんなうじうじ悩もうよ」。自分を深く知ることにつながるし、目の前の現実に向き合う力にもなる。悩みを無理に打ち消してポジティブになる必要はないと思います。人生の長い航海の間に夜の時間があるのは、決して無駄ではない。僕はそう信じています。