周りの人に恵まれていたから今の自分がある

――そんな生活が変わったきっかけは何だったのでしょうか?

24、5歳の頃、小説を書き始めたことでしょうか。毎日日記をつける習慣があり、読書が好きだったので、その延長線から大学ノートに小説を書くようになったんです。

相変わらずルームシェアをしていたり、週末ともなれば遊び歩いていたので、いつも周りに誰かがいたのですが、小説を書くときだけはぽつんと一人になれる。それが自分の中でとても大事な時間になりました。

そこからデビューするまでの数年間は小説に没頭し、28歳のときに『最後の息子』で文芸誌の新人賞を受賞することができました。

――小説をきっかけに、人生の上手く行かない時期を乗り越えられたのですね。

でも、乗り越えようとしていたわけではないんです。当時、何かになりたいと目標があったわけではなくて、小説家になろうとも思っていなかった。でも、何かにはなれるというあまり根拠のない自信があって、そこに甘えていたのかもしれませんね。

だから焦っていなかった。そんな自分を許してくれて、助けてくれる周りの人に恵まれていたから、今の自分があるのだと思います。

世之介もそうなのかもしれませんね。「充実した大学生活を過ごそう」という張り切った意識は一切無いんですが、読者から見たら「こんな充実した生活ありえるのか?」というほど楽しい一年を過ごしている。

『おかえり横道世之介』では、就職はできないし、バイトはクビになるし、パチンコも出ない(笑)。もうボロボロの1年なんですが、なぜか周りの人が一緒にいてくれて、乗り越えられているんですよね。

――今後の執筆予定を教えてください。

現在、毎日新聞朝刊で「永遠と横道世之介」を連載中です。30代の世之介を描いた、シリーズの完結篇になります。どこかのタイミングで、シリーズのスピンオフとして、世之介の少年時代を描く連載を考えています。私自身も、世之介がどんな子どもだったかを知りたいですし。


おかえり横道世之介』(著:吉田修一/中公文庫)

人生のダメな時期、万歳。人生のスランプ、万々歳。青春小説の金字塔、待望の続篇。バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、バイトとパチンコで食いつなぐこの男。名を横道世之介という。いわゆる人生のダメな時期にあるのだが、なぜか彼の周りには笑顔が絶えない。鮨職人を目指す女友達、大学時代からの親友、美しきヤンママとその息子。そんな人々の思いが交錯する27年後。オリンピックに沸く東京で、小さな奇跡が生まれる。
『続 横道世之介』を改題の上、文庫化。