吉田修一は横道世之介によって作られている

――作者が小説の登場人物に教えられるというのは不思議な感覚ですね。

そう思います。

最初に『横道世之介』を書いたのがもう10年以上前なのですが、それ以来「自分が横道世之介を作り出した」という感覚よりは、むしろ「作家としての吉田修一が横道世之介によって作られている」ように思えます。

もちろん書いているのは私自身なのですが、世之介の言動や過ごしている世界から、自分が影響を受けることがとても多いんです。だから「自分が書いている」という実感がない。

『おかえり横道世之介』(著:吉田修一/中公文庫)

このシリーズに関しては、私の中で作品が完結するのが、小説を書き終えた時でも出版されたときでもなくて、読者から感想をもらったときなんです。

例えば1作目『横道世之介』でいただいた中で一番多かった感想が「自分もどこかでふと思い出してもらえるような人になりたい」というものでした。

執筆するときは全くそんなことを考えていなくて、この感想をもらったときに初めて、世之介という人物について理解することができました。何かを成し遂げたわけではなくても、誰かに思い出してもらえる人生は幸せなんだなと、初めて気がつけたんです。