『転身力 「新しい自分」の見つけ方、育て方』(著:楠木新/中公新書)

鉄道会社勤務と僧侶の二足のわらじを履く

将棋の今泉五段やプロのゲーマーである梅原は、いったん介護職という仕事に就いたことが、その後の本業に好影響を与えている。

「A→B」型に転身する際にもできるだけ直線的に、かつ効率的に次のステップに急ぎたい人もいるが、いったん違う道に進んだのちに歩み直す人や、なかには一見すると遠回りだと思える転身のプロセス自体を楽しんでいる人もいる。

私が主宰する研究会に何度も出席して、ことあるごとに意見交換をしてきた岩瀬正和さんは、大学を卒業して大手鉄道会社に入社。駅での勤務や支社、人事課、営業本部などを経験して、20代はがむしゃらに働いた。

30代の初めに退職して出家。高野山真言宗の布教研究所の教化研究員として巡礼での若者の変容研究を行うとともに、若者たちと一緒に四国遍路の先達として歩き続けた。

実家がお寺というわけではないが、以前から仏教にも興味を持っていた。大学時代はバブル期真っただ中だったが、当時の雰囲気には馴染めなかった。そしてスペイン巡礼やスリランカ巡礼など、海外にも足を運んだ。

その後地元に戻り、塾で中高生や浪人生に英語を数年間教えた。本人は巡礼や英語講師を通して若者と触れ合うことで自然や人々との一体感を感じたという。

その後、会社員時代の同期入社の友人から声がかかった。会社が取り組む大規模なターミナルの駅ビル開発やそこでのテナント誘致の仕事に携わることになる。

8年ぶりに会社員生活に戻って、さまざまな立場の人と一緒に仕事をしたのである。いろいろな意味で勉強になることが多かったという。日々の忙しい仕事をこなしながら外国人観光客向けの通訳ガイドの資格を取り、高野山本山の布教師として高野山や寺院での法話にも取り組んだ。

彼は視点を自分の内側ではなく周りのために何かできないかと意識している時がイキイキしていた気がすると語る。この頃、私と知り合い、研究会などでも語り合うことがあった。

鉄道会社でがむしゃらに働いた20代。出家から寺院でのお勤めの30代前半。巡礼、英語教師で自然や人々との一体感を感じた30代後半。ターミナル駅の商業施設開業に向けてさまざまな立場の人々と働いた40代前半。僧侶との二足のわらじを履き続けた40代後半。自分でも不思議な人生だと改めて振り返る。

彼は会社退職後、活動の拠点を西宮市に置いて葬儀や法事を行っている。また説法も引き続き行っているそうだ。