道草の効用は無視できない

彼を見ていると、長寿社会の現在では、やはり健康やお金と並んで転身力が必要になっていることを感じる。一直線に次の転身先を目指す人だけでなく、いろいろな転身プロセスもあり得る。違った道を歩む人、裏道から上がろうとする人もいる。また一度違う道を歩んで戻る人や疲れていったん休む人もいるかもしれない。いろいろな道があっていい。

岩瀬さんのキャリアの流れを見ていると、転身のプロセス自体を楽しんでいるように思えてくる。長い人生なのであちこちに道草した方がいろいろな体験ができて豊かな人生を歩むことができると言えなくもない。

道草を経験していない人は、目的だけを考えているきらいがある。別の経験をした余裕が、他の多くの道筋があることに気づかせてくれるのである。

私自身も、大学入学前の浪人、大学での留年、会社での長期の休職、定年後の定職を持たない時期など、いくつかの道草を経験したが、無駄なことは何もなかったと今は思っている。たとえ当初描いていた転身先とは異なっていても、そのプロセスが充実していればOKだろう。

そういった意味でも、転身力で大切なのはあくまでもプロセスなのである。人生は1試合しかないと思い込むよりも、何回か勝負できる方がリラックスできてうまくいく。道草の効用は無視できない。

※本稿は、『転身力 「新しい自分」の見つけ方、育て方』(中公新書)の一部を再編集したものです。


転身力 「新しい自分」の見つけ方、育て方』(著:楠木新/中公新書)

望めば誰もが人生二毛作、三毛作を楽しめる人生100年時代! 自らの可能性を探り、チャンスをつかむためのヒントを提示する。