楠木新さん「いったん小休止を取ることで、本質的でないことにこだわっている自分が見えてくるかもしれない」(写真提供:photo AC)
「働く意味」をテーマに取材や講演を行い、『定年後』などのベストセラーを持つ楠木新さん。楠木さんは人生100年時代を言われる今、一つの組織や仕事だけに頼りすぎるのではなく、二毛作、三毛作をする「転身」を加えた生き方も考えてみたほうがいいといいます。そしてそれは「危機に対応する」ということ以上に「いろいろな自分を楽しむための転身」であり、その意味で「プロ棋士・今泉健司さんとプロゲーマー・梅原大吾さんの二人がともに介護への『転身経験』を持っていることに注目してほしい」そうで――。

3度の挑戦でプロ棋士になった今泉健司

それまでの仕事とは全く別の仕事を経験して次のステップに新たに進む場合もある。

第68回NHK杯テレビ将棋トーナメント1回戦(2018年6月)で、当時の藤井聡太七段(15歳)に粘り強い将棋で勝利した今泉健司四段(44歳)が世間を賑わせたことがあった。

スポーツ新聞は、プロ入り史上最年少棋士がプロ入り戦後最年長棋士に敗れる結果となったと報じた。

今泉五段(2020年6月に昇段)は小学2年生で将棋を始め、1987年にプロ棋士の養成機関である「奨励会」に入会した。しかし最終関門である三段リーグを突破できず、99年に年齢制限である26歳を迎えて退会。

その後、アルバイトをしながらアマチュア強豪として活躍し、規定を満たして2007年に奨励会三段編入試験を受験して合格した。

その後、2年間、再び三段として四段(プロ棋士)になる夢を追ったが届かなかった。そして再びアマチュア棋界で活躍し、さらに高い規定を満たして2014年に「棋士編入試験」を受験。新四段4人と対戦して3勝1敗の成績を残し、27年間に及ぶ挑戦を実らせてプロ棋士になった。

戦後最年長、3回目の大きな挑戦の末に誕生した41歳のオールドルーキーだった。

彼の著書(『介護士からプロ棋士へ―大器じゃないけど、晩成しました』)や登場したテレビ番組を見ると、アルバイトなどを経験しながら挫折を繰り返し、貯金が底を突いて介護士に転身した後、3度目の挑戦でプロの棋士になった経緯は胸を打つ。

2回目の挑戦がうまくいかなかった時、父の勧めでヘルパーの資格を取得して、高齢者向けの小規模多機能ホームに就職が決まった。将棋では自分のことしか考えていなかったが、介護の仕事を通じて初めて相手の気持ちになって考えることができたという。

「僕が勝てたのは介護士という帰れる居場所があったことが大きかった」と雑誌でもテレビでも語っている。棋士になることが決まった勝利の瞬間は、勤務する介護施設では万歳三唱の声が響き渡り、地元のニュース番組では速報が流れたという。