アイドル歌手として活躍していたころ(写真提供:中江有里さん)

歌っていた過去は黒歴史?

松井 正直な話、トークショーでお目にかかった当初から、「もう1度、歌ったほうがいい」と思ってたわけじゃないんです。俳優さんやタレントさんの中には、若い頃に歌っていた過去を《黒歴史》として封印している方もいらっしゃると聞いていたので。歌っていたときの記憶が、今の中江さんにとって黒歴史なのか、それともいい思い出なのか、お会いしたときにはわかりませんでしたから。

中江 黒歴史とは思っていませんが、自分で納得できないまま、不完全燃焼で終わってしまったという悔いがずっとありました。私の歌がみなさんの心に響かなかったのは、私自身の責任もあるのだろうと感じていたので、その後は積極的に歌う気持ちになれなかったんですよ。歌うこと自体は、もともと好きだったんですけどね。

松井 僕が一番気にかけていたのは声の質です。もちろん、歌唱力や表現力も大事なのですが、それ以上に、声ばかりはどんなに頑張っても変えられない。年齢を重ねて行くうちに、声が掠れてしまったり、低くなってしまう方もいる。でも、中江さんの場合は、年齢を感じさせない澄んだ声のままだったから。その声を聞いて、僕の中に、今の中江さんの声で表現してみたい世界が生まれたんですよ。

中江 ありがとうございます。26年ぶりに、人前で歌ったときは本当に緊張しましたが、そこから、不完全燃焼のまま離れてしまった音楽を「もう1回やってみよう」と思えるようになりました。それも、すべて松井さんと再会しなければあり得なかった話です。さらに、自分が小説を書いていなければ、こんな展開も絶対になかっただろう、と。一見バラバラだけど、ひとつひとつやってきたことが結びついて、今の自分がある。どんな過去も、決して黒歴史じゃないんだなって。(笑)