常軌を逸した大きさの睾丸と精子

さて、ヴィーさんと一緒に歩くうち、落とし穴の中で完全に眠ってしまっている個体にも出会った。ほとんど昏睡状態で、ちょっとやそっとでは目覚めない。夜のかなり早い時間に落とし穴に落ちたものだと考えられるという。

『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』(著:川端裕人/中公新書ラクレ)

胎児のように体を丸めたその子を手の上に置いてみると、ひんやりと感じられた。体温は10~15度くらいにまで下がっていて、代謝が非常にゆっくりした省エネモードに入っているのだという。

こういった「プチ冬眠」を、ハニーポッサムは日常的に繰り返す。花があまり咲かない季節や、寒い天候の時には、その時間が数日に及び、体温が5度近くにまで落ちることもあるという。

昏睡状態の個体は、まったく動かないので、その体を丹念に観察できた。まず、オスのお腹を見てびっくりした。お腹の面積の3分の1は占めようかという巨大な睾丸! 「たんたんタヌキの――」なんてものでは済まない。体との比率でいえば、もう常軌を逸した大きさだ。

白く見える部分が睾丸。腹に張り付いている(写真:著者)

これだけではない。実はハニーポッサムは生殖とサイズにまつわることでいくつかの記録を持っている。例えば、精子の大きさは哺乳類の中でも最大級で、長さが3分の1ミリもある。成獣の体長は、小さい個体ならわずか4センチしかないのに、その精子はほとんど肉眼で確認できるのではないかというほどの大きさなのだ。

また、逆に新生児は生まれてきた時にわずか5ミリグラムの超未熟児だ。言い換えれば1グラムの200分の1である。母親の袋の中で、この超未熟児は8週間ほどかけて外に出られるだけの大きさに成長する。

こういった「極端」なサイズ戦略(?)が、繁殖の上で、どう役に立っているのかということについては、だれも知らない。大学院生のヴィーさんも、そのお師匠さんにあたるハニーポッサム研究の権威、ロン・ウーラー博士も、首を横に振るのみ。つまり、まったくの謎なのだ。