オリジナリティの極致に達した生き物のひとつ
ここまでくると、この妙ちくりんな生き物は、単に「神さまの愛玩用」などというキャッチフレーズではなくて、生き物の進化の試行錯誤の中で生まれてきたへんてこな生き物の極みという気がしてきた。
たぶんその機能的な謎については当面、解答が出そうな気がしない。ぼくが野生の個体を見てから25年以上が過ぎた2020年代にもまだクリアな説明はないようだ。
でも、こんな生き物が生み出された行きがかりについては、部分的にこう答えることができる。つまり、「オーストラリアが長年、ほかの陸塊から切り離され、孤立した『島』だったからだ」と。
オーストラリア大陸はかつて他の大陸と地続きだったものの、3000万年前までには完全に切り離された。以来、氷期にニューギニア島とつながったことを除き、ほぼ他の陸塊と交わらず孤立したままだ。その間、オーストラリア大陸の生き物たちは、独自の進化をとげる時間的余裕があった。その中でも、オリジナリティの極致に達した生き物のひとつがハニーポッサムだ。
気が遠くなるような進化の旅路の果てに、同じ空間を共有できる奇跡を思い、ほんの一度の出会いだけでも、彼らのことが愛しい。
なお、21世紀になってからの話題として新たに浮かび上がった謎がある。感覚器官の研究から、ハニーポッサムが哺乳類の中では珍しい「3色型」の色覚を持っている可能性があることがわかった。
他の有袋類、いや一般的な哺乳類は「2色型」が基本で、3色型の色覚を持つのはヒトを含む霊長類などごく一部だ。ハニーポッサムは、花を見分けるために多くの色が見えると便利なのだろうとされるが、夜行性なのだから、そもそもあまり色を見分けるだけの光の量もない環境で採食していることも多いわけで、釈然としない。
「世界一幸せな動物」として知られる小型カンガルーのクオッカも、例外的な3色型(それも夜行性!)だそうで、ぼくはこれらを「不思議3色覚」と名づけている。
※本稿は、『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』
2022年8月9日発売
可愛い小動物ハニーポッサムは、巨大な睾丸の持ち主。水棲哺乳類アマゾンマナティが森の中を「飛ぶ」って? ペンギンなのに、森の中で巣作りをする「妖精」。まるでネズミ! 手のひらサイズの巨大な虫。かわいかったり、美しかったり、ひねくれていたり、奇妙だったり、数奇な運命に弄ばれたり、とにかく常識を軽く超えてくる生き物たちの「へんてこ」ぶりを活写。30年以上にわたり研究者やナチュラリストと共に活動してきた著者が、新しい科学的なトピックをまじえて約50種の生態を楽しく紹介する。200枚超のオリジナル写真を掲載。生き物とヒトとのかかわりの歴史を垣間見る意味で、古い博物画も収載した。かくも多様な生き物たちが存在することに、「あっ」とセンス・オブ・ワンダーを感じずにいられない一冊。