(イラスト:星野ちいこ)
2022年8月15日は、77回目の終戦記念日です。食料や水にも困窮し、敵の攻撃から逃げまどった日々。無念のなかで命を落とした人たちの面影――。戦争を知る世代が高齢化し、生々しい戦火の記憶が薄れつつある日本。一方、世界に目を向ければ、ロシアのウクライナ侵攻のほか、紛争が長期化している国もあります。戦争がもたらすものは、どれほど悲惨なものか。忘れられない記憶だが、誰にも話したことはないという、森本佐知子さん(84歳)が幼少期にサイパンで経験した悲劇とは。

南洋の小島の洞窟に身を潜めて

幼い頃、父親の仕事の関係で、家族でサイパン島に住んでいた。私は日本人小学校に入学したが、教科書も見ないうちに校庭に爆弾が落ち、戦争が始まった。

海のほうからドーンと音がして、艦砲射撃の砲弾が飛んでくる。父母に連れられ山に向かって逃げ、藪の茂みを短刀で切り払いながら進む。足元には死体が転がっている。小さな島で、高い樹木がないため、身を隠すところは洞窟しかない。

当時、島には水道がなく、雨水を使っていたので、飲み水を求めて外を出歩いて命を落とした者も多かった。雨が降ると、木の葉っぱや幹に水滴がつく。それをなんとか舐めようとするのだが、死体から飛び立ったおびただしい数の蠅が葉や幹にびっしり張りついて、人間より先に貴重な水を飲んでしまうのだった。

あるとき、「日本の船が来た」と聞いて薄闇のなかを海岸へ向かう。沖に見える船まで泳がねばならないというので、崖から多くの人が飛び込んだ。

泳ぎが得意な母の背中で飛び込む順番を待っていると、突然、バッと照明がついて、ダダダダッという掃射音が響いた。崖の下をのぞくと、先に海に飛び込んでいた人たちが波にのまれて浮いていた。