着色された白ワインに気づけなかった理由

ワインの場合には注意も関与しているだろう。ワインの専門家はさまざまなワインの味を区別する必要があり、ワインのどこに注意を向ければそのワインらしい特徴を把握できるか、その注意の向け方を熟知している(バーウィッチ[2021]p.293)。

そして、ワインを区別するための手がかりとして色についての視覚情報も利用される(久保[2014]pp.32-33)。こうした視覚情報は、ワインを口に入れる前の段階で味覚の注意を方向づけるだろう。ワインが赤く見えたら、赤ワインらしい特徴を探すように注意が働く。

すると、たとえ口のなかに白ワインが入っていても、白ワインらしい特徴に注意が向かなくなってしまう。というのも、私たちが一度に向けられる注意には限りがあるからだ(シェファード[2014]pp.199-200)。赤く着色した白ワインを赤ワインのように感じてしまった間違いは、視覚情報を利用する訓練をしてきた専門家だからこそ起きてしまったものなのである。

ここまで、飲食物の見た目を変えると味が変わるという錯覚をいくつか紹介した。こうした錯覚は、通常ならうまくいく規則が特殊な条件のもとで使われていることを示している。錯覚でない場面でも、眼や耳で捉えた情報は舌で捉えた情報と統合され、私たちが普段「味」と呼ぶものができあがっているのだ。

だが、以上の議論を読んでも、眼や耳の影響を否定したい人がいるかもしれない。そうした人は眼と耳をふさいで感じられるものこそ「本来の味」だと言うだろう。最後に、こうした人に対するダメ押しを述べておこう。