「本来の味」は眼と耳を塞いだら得られる?

2000年代のはじめ、暗闇のなかで料理を食べる「ブラインド・レストラン」というものがあったが、そこに来た客は普通のレストランよりも少ない量しか食べなかったという。また、目隠しをして食事をする実験では、普段より25パーセントほど摂取カロリーが少なかったそうだ(ハーツ[2018]p.146)。暗闇のなかでは食べる量だけでなく味やおいしさの感じ方が変化してしまうことを示す実験もいくつかある(川崎[2021]p.38を参照)。

『「美味しい」とは何か――食からひもとく美学入門』(著:源河 亨/中公新書)

こうした変化の原因は、まさに見えないことにあるだろう。食べているものが見えないと、何を食べているか不安に思ってしまい、安心して口に運ぶことができないのだ。もちろん、レストランに来た客も実験の参加者も、レストランや実験で危ないものを食べさせられるはずはないと確信できている。それでも、見えないことで食べる量や感じられる味に影響が出てしまうのだ。

この例からわかるのは、視覚の遮断そのものが味に影響を与えてしまうということである。目隠しをすれば視覚の影響を排除した「純粋な味」が感じられるようになるわけではない。食べ物が見えないときに感じられるのは、拭えない不安を帯びた味なのだ。聴覚にも同じことが言えるだろう。

そうすると、目隠しや耳栓をして感じられる味は口のなかで働く感覚(味覚・嗅覚・触覚)だけで感じられた「味そのもの」ではないことがわかる。そこで感じられているのは、通常なら眼や耳を使って得られた情報が欠如した、情報の少なさによる不安に影響された味なのである。