デモに参加するイイアウン。3本指を掲げて

「国軍にはない慈悲と知恵があるから」

前出のイイアウンが家族で外出していた22年1月29日、友人が連絡してきた。「あなたたちの写真が出てる!」。メッセージアプリ「テレグラム」で、軍政がイイアウンたちの顔写真と住所、電話番号を公表していた。逮捕予告だった。それ以来、一家は自宅に戻っていない。友人の家に3日間隠れ、着の身着のままタイ国境へ向かったのだった。

NLD政権時代、イイアウンは「民間保険会社」という新規の分野で営業員として実績を積み、結婚して2人の息子も生まれていた。クーデターは、キャリアも家族の夢も破壊した。怒りに満ちたイイアウンは幼い息子を抱き、抗議デモに参加した。

国軍は、自己の利益を守るためなら何でもすると、軍政下で育った経験から確信していた。「後戻りは絶対に嫌」。逮捕予告が出たのは、ソーシャルメディアで軍政を批判した後である。

状況は泥沼化している。軍事政権に対抗して発足した民主派「挙国一致政府」(NUG)が創設した「国民防衛隊」には、2万2000人ともいわれる若者たちが参加し、武力で圧倒的に勝る国軍にゲリラ戦術で挑んでいる。

一方の国軍は、抵抗が激しい北西部や東部を空爆して村を焼き尽くし、凄惨な報復を続けている。独立メディア「イラワジ」によると、北西部で6月中旬、妊婦を含む5人が拷問の上、火をつけられ殺害された。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の6月の発表では、国軍と抵抗勢力の戦闘などで国内避難民は100万人に達し、飢餓に直面している子どもたちも多数いる。クーデター以降、近隣諸国に約6万人が避難。タイ・メソトで不法難民として暮らす人々は2万ともいわれる。

その中には、戦闘で負傷し療養中のゾーミントンと家族、避難民キャンプから移動し、国軍の空爆で逃げ惑う国境付近の人々を支援するエリース一家、イイアウン一家もいる。

ミャンマーの人々の苦難を終わらせるには国際社会の支援が不可欠だ。世界の関心がウクライナに集中している現実は、ミャンマー市民の世代間に溝を生みつつあるようだ。「どうせ勝てない」と悲観的な50代以上と、「自分たちで軍政を終わらせる」と揺るがない若い世代である。

「国軍にはない、慈悲と知恵が私たちにはある。だから勝てる」とエリースは言う。その言葉にはっとした。第二次世界大戦中、飢えと病に苦しみながらビルマ(当時)から敗走する日本兵を現地の人々が助けたのも、慈悲の行為だった。

ヤンゴン在住のジャーナリスト、ジンミンマウンは「悲劇は、独裁政権だけでなく、自国の利益を最優先して沈黙する国際社会により起きるものでもある」と、ミャンマーの悲劇に関心を寄せない国際社会を批判する。

今、ウクライナ市民の苦難に向ける思いやりと支援を、日本と関係が深いミャンマー市民には向けない理由が国益であっていいはずがない。