「ご自由にどうぞ」と言われるとたちまち困ってしまう

大学卒業後はゲーム会社に就職しました。でも職場になじめず、毎日がつらくて。企画書を書くふりをしてずっとグチ付きのイラストを描いていました。席の後ろを通る先輩に見つかったら怒られるので、すぐに手で隠せるように小さいサイズで描いていたんです。

そうしたら、それ以上大きく描けなくなってしまった(笑)。以来ずっと同じ大きさ。今も絵本にする時は、原画を1.5倍から2倍に拡大しています。

手帳型のノートを持ち歩き、おもしろいことを見つけたらイラストで描き残すのが習慣。幸せな気分の時より、追い詰められた時に筆が進むそう。いまや70冊に達し、絵本を描く際の大切なネタになっている
 

ある時油断して、経理の女性に見つかってしまいました。怒られると思いきや、その人が「かわいい」とほめてくれたんです。自分の心の安定のためだけに描いてきたけど、その絵をほめてくれる人がいる。だったらもっと人に見てもらってもいいのかも? と調子に乗って、それまで描きためていたものをまとめて冊子にして、自費出版しました。 

当然ながら、売れません(笑)。部屋に在庫がいっぱいあって邪魔なので友人知人に配っていたら、たまたま出版社の方の目に留まり、イラスト集を出していただけることに。これがきっかけとなってイラストの仕事をするようになったのです。

さらに数年後、今度はイラスト集を見た編集者の方から「絵本を描きませんか」とメールをいただいて。実はそれ以前にも、ほかの会社から声をかけてもらったことがあるのですが、うまく形にすることができませんでした。というのも、絵本の読み聞かせをしていた母の影響で、僕の家には絵本がいっぱいあって、小さい頃から読むのが大好きだったんですね。

でも、いざ自分が作る側に回るとなると手が止まってしまう。すでに名作がたくさんあるのに、自分のような人間がわざわざ新しい絵本を作る意味があるのだろうかと悶々として、描けなくなってしまいました。
 
ただ、この時は編集の方がテーマの候補をいくつか用意してくれていたんです。僕には自分の意見がないので、「ご自由にどうぞ」と言われるとたちまち困ってしまう。でもお題があれば、すべてを満たしたうえで、言われていない何か、つまり自分らしさをプラスすることができるかもしれないと思いました。

やってみたら、まさにその通り。テーマの一つに「りんごをいろいろな目線で見てみる」というものがありました。それに応えよう、よりおもしろくしようと作ったのが、デビュー作の『りんごかもしれない』です。

『りんごかもしれない』ブロンズ新社