認知症の人の目から見た《現実》と戸惑いを書いた『全員悪人』で話題となった、翻訳家・エッセイストの村井理子さん。47歳の時に心臓に起きた異変。検査、入院、揺れ動く心理状態を丹念に追った体験談を書いた婦人公論.jpの連載「更年期障害だと思ってたら重病だった話」も好評でした。そんな村井さんが、ふと手にした一冊からよみがえる、家族の思い出、日々の雑感を書き綴ったエッセイ集。本は何も言わず、人に寄り添ってくれる存在と話します――(構成:山田真理 撮影:大河内禎)

凪いだ心を動かしてくれる

西日の入る畳の居間にランドセルを放り投げ、母の本棚から選んだ一冊をめくる。そんな幼い日の記憶から、いつも私のそばには本がありました。予想以上に長引いているコロナ禍で今までと違った生き方が求められるなか、ふと手にした一冊からよみがえる家族の思い出、日々の雑感をエッセイとして連載したものをまとめたのが本書です。

私の住む琵琶湖の西側には大きな書店がなくなってしまったので、話題の新刊や興味を引かれた本はもっぱらネット経由で取り寄せています。

人気ブロガーが家族の介護について書いたコミックエッセイを読んで、近くに住む認知症が進んできた義母とのつきあい方を考えたり。翻訳業界の厳しい現実を赤裸々に描いたノンフィクションに、同じ業界で生きる自分を重ね合わせてしみじみしてみたり。

2年前に突然死した兄の家の片付けやもろもろの後始末に追われた経験もあって、葬儀や埋葬の今を知る本、汚部屋の本、依存症についての本も多く読みました。

家の本棚にあった本を、再読したケースもあります。たとえば年老いた犬たちの写真とそれぞれの飼い主の語る物語が、犬好きには泣けてたまらない写真集。

夫があるとき、頼みもしないのに私の本棚を「きれいに並べておいたよ」と整理したことがあって。どこに何があるかわからなくなる! と怒りながら並べ直したときに手に取って、また泣いて。実家で飼っていた動物を親に捨てられた悲しみや怒り、兄が最後に飼っていた亀のことを書きました。