上皇・天皇のまわりをかためていた人々
朝廷の頂点に立つのは天皇ですが、この当時は天皇の地位を降りた上皇が政治の実権を掌握していました。
形式的には天皇、実際には上皇のもとには貴族たちが組織されていましたが、貴族は上位からまずは太政大臣、左大臣、右大臣、内大臣の、大臣たち(定員はそれぞれ1名)。
ついで、大納言・中納言・参議の議政官(大・中納言は定員なし。この時代だと20名ずつくらい。参議の定員は8名)。
参議以上の人々が朝廷の合議である「陣議」(じんのぎ。陣の定めとも)のメンバーとなり、これが現代の閣議に相当します。
参議に空席が生じると、蔵人頭からの昇進を以てその欠に充てます。
天皇の身の回りの世話をする蔵人のリーダー、つまり秘書官長が蔵人頭で、定員は2名。
蔵人頭になるコースは二つあり、一つは近衛少将から中将になって、蔵人頭になる。これは格上貴族の武官コース。
もう一つは蔵人から弁官になって、蔵人頭になる。弁官は定員7。蔵人と弁官は朝廷の実務をこなす大切な役ですが、格は下。
こちらの実務官コースをたどった人は、蔵人頭から参議に上がったくらいで、「もうそろそろ……」と肩たたき。それを振り払ってがんばって中納言になると、本格的に肩たたき。当人も、ここまでくれば本望だと、政界引退。
一方で近衛少将・中将コースの人たちは、蔵人頭になれたら大納言まではいく。さらに名門の子弟だと大臣になる、というわけです。