◆銀行員の女性の手をにぎり…
ある日、訪問看護にやってきた若くて美人な看護師の胸を、父がベッドから手を伸ばしていきなり触った。前から機会を狙っていたようだ。彼女は半泣きで部屋を出て行き、二度とわが家に来てくれることはなかった。
次にやってきた看護師は、中年のいかにも気の強そうな女性。父がベッドから右手を伸ばすのを見るなりキッとにらみつけると、父は小さくなってうなだれていた。
すると今度は、近所の若い主婦が標的に。父は家の近くの通りで、杖を片手に歩行訓練をしていた。そのときに目当ての女性が通ると、わざとよろけて抱きつくのだ。
「おじいさん、大丈夫ですか」という若い女性の声が聞こえ、驚いて家の窓から通りを見ると、父は女性にしがみついている。女性が困惑しているにもかかわらず、父は離れようとしない。私は慌てて外に出て、父を女性から引き離し、平謝りして家に連れ帰った。
こうしたことが毎日のように続き、次第に近所でも噂に。こんなことならと、私たちは父の好きな食べものを与えて機嫌をとり、家にいてもらうようにした。
それでも父は懲りずに銀行の営業や訪問販売の女性に目をつける。相手が若くて美人だと、「アンタントコに預金する」「アンタントコの牛乳をとってやるよ」などと言って手をにぎるのだ。もはや、私と母にはお手上げだった。
40年前は、肩で風を切って霞が関を歩いていた父。もともと二枚目で、ルックスもキャリアもキラキラの「俺様」だった。今の父を見るにつけ、年を重ねる哀しさと難しさを感じる。せめて自分は、他人に迷惑をかけない老人になりたいものだと、切に願う。