サンプリング&チョップ・ビートという発明
とはいえ音楽としてのヒップホップをジャンルとして決定づけたのは、マーリー・マールによって「サンプリング」が発明された瞬間だろう。
ヒップホップ界で伝説となっているエピソードがある。
レコードからあるフレーズをサンプリングしようとしたところ、マールは間違ってスネア・ドラムの音だけを抜いてしまったのだ。普通ならばやり直すところを、マールはレコードからドラムやベースといった、ある楽器の音のみを部分的に抽出できる可能性があることに気づく。
これによってビートやフレーズの一音一音をサンプリングして、チョップして(切り刻んで)、並べ替えて再構築するというサンプリング・ヒップホップ(いわば「電子的ブリコラージュ」)が誕生した。
サンプリングという手法のみならず、重要なデジタル・サンプラーの機器についてもある程度触れておきたい。SP1200がそれである。
この機材の前にOBERHEIM DMX というドラムマシンがあり、この力強いキックスネアのサウンドを用いてヒップホップの「ブーンバップ・サウンド」を世に知らしめたのがRun DMCである。しかしこのOBERHEIM はサンプラーではないので、他の音を取り込むことができず、あらかじめセットされたサウンドパターンしか使えないのだった。
SP1200はこのOBERHEIM のサウンド・キャラクターを踏襲しつつ、さらに自由に音源をサンプリングして取り込むことができる優れモノだった。
「SP1200はマーリー・マールが産み出したサンプルをチョップしてオリジナルのビートを構築するコンセプトを直感的に具現化し、世界中のレコードから探し得たサンプルを、いくらでも3・5インチの安価なフロッピーディスクに保存することができた」と、大島純はこの機器の革命性をまとめている(3)。
ヒップホップ史上の最高傑作とされることも多いNasの《Illmatic》(1994年)に参加したプロデューサーのほとんどが、このSP1200を使ったというからどれくらい重要な機器であるかわかる。
要するにヒップホップの黄金時代とされる1990年代のNYサウンドを象徴するような、汚れた感じの音を出すサンプラーと考えてもらって差し支えない。