MPCを「楽器」のレベルにまで高めたJディラ
目が見えないスティーヴィーのような人でも、遊びながら使えるサンプラーであるMPCは、デジタルという英語がデジット(指)に由来する語源を不思議と思い起こさせる(指を折って数えたためdigit は「数字」も意味するようになった)。
いわばMPCでビートメイキングする者は、避けがたく電子遊戯者(デジタル・ホモルーデンス)と化す。その象徴的存在がMPC3000を駆使し、サンプリング・ヒップホップの傑作《ドーナツ》を残したJディラである。ディラは人が叩いているようなドラム・サウンドを追求したため、ズレを修正するクオンタイズ機能を使わなかったという。
MPCを生み出したロジャー・リンはスウィングやシャッフルと呼ばれる「ヒューマナイズ機能」を搭載することによって、人によって叩いたような音を可能にした。しかしディラはそうした機能を使わずに、独自のメソッドでMPCをより人間的なもの、もっと言えばドラマーの模倣を超えた「楽器」のレベルにまで高めたのだ。
大島曰く、「MPCのパッドは、叩くという人間にとって最も本能的な音楽演奏を可能にして、人間がデジタル・サンプルを楽器のように演奏できるという行為を完成させた(6)」。
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(1) S・H・フェルナンドJr.、石山淳訳『ヒップホップ・ビーツ』(ブルース・インターアクションズ、1996年2刷)、21頁。
(2)大島純『MPC IMPACT! テクノロジーから読み解くヒップホップ』(リットーミュージック、2020年)、71頁。
(3)大島『MPC IMPACT!』、119頁
(4)大島『MPC IMPACT!』、31頁。
(5)マーシャル・マクルーハン、後藤和彦・高儀進訳『人間拡張の原理 メディアの理解』(竹内書店新社、1979年10刷)、134頁。
(6)大島『MPC IMPACT!』、237頁。
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※本稿は、『黒人音楽史――奇想の宇宙』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『黒人音楽史――奇想の宇宙』(著:後藤護/中央公論新社)
奴隷制時代から南北戦争、公民権運動をへて真の解放をめざす現代まで。アメリカ黒人の歴史とは、壮絶な差別との闘いであり、その反骨の精神はとりわけ音楽の形で表現されてきた。しかし黒人音楽といえば、そのリズムやグルーヴが注目された反面、忘れ去られたのは知性・隠喩・超絶技巧という真髄である。今こそ「静かなやり方で」(M・デイヴィス)、新しい歴史を紡ごう。本書は黒人霊歌からブルース、ジャズ、ファンク、ホラーコア、ヒップホップまで、黒人音楽の精神史をひもとき、驚異と奇想の世界へと読者をいざなう。古今東西の文献を博捜した筆者がおくる、新たな黒人音楽史。