水飲み柄杓を追え
「暗号」を解読するうえで、最も重要な一曲は<水飲み柄杓(ひしゃく)を追え Follow the Drinking Gourd>であろう。
「水飲み柄杓(Drinking Gourd)」とはヒョウタン類に柄を付けたもので、このアステリズム(asterism)は別名「ビッグ・ディッパー」とも呼ばれ「北斗七星」をも意味する。
地理に不案内な逃亡奴隷が夜に移動するときに目指すべきは、アメリカ北部やカナダなど「北」である。その方向を教えてくれる北斗七星(Drinking Gourd)に従え、そしてまずは自由州へ渡るための最後の関門オハイオ川まで行け、とこの歌は暗示している。
この曲の歌詞には複数のヴァリエーションがある。
「太陽が戻ってきたら、そして最初に鶉(うずら)が鳴いたら、水飲み柄杓を追え When the sun comes back, and the first quail calls, follow the drinking gourd」という、とりわけ何を言わんとしているのかわからない、謎めいた歌詞で始まるヴァージョンを、東理夫は以下のように「解読」する。
「太陽が戻れば」とは、キリスト教で復活祭の基点となる春分の日のことで、この日から彼らは太陽が戻ってくると考えたのだ。
鶉は渡り鳥で、冬の間南にいたのが、やがて春になるとまた北に渡ろうと鳴きはじめる。この時期に、南部を離れて北を目ざせば、オハイオ川(奴隷州から自由州へ渡る最後の関門で、川幅が広く容易にわたることは困難だった)には冬に着き、川面は凍っていて泳いだり舟を調達しなくとも渡ることができることを教えているのである(4)。