「柄杓を追え」「水の中を歩け」…。歌詞に隠されていたものとは(写真提供:Photo AC)
サブスクリプションサービスの浸透で、さまざまなジャンルの音楽を気軽に聴けるようになった昨今。そのうち特にブルース、ジャズ、ファンク、ヒップホップなどのジャンルと切っても切れない関係にあるのが“黒人音楽”で、「壮絶な差別との闘いを続けてきたアメリカ黒人の反骨の精神が表現されてきた」と語るのが批評家でライターの後藤護さんです。中でもゴスペルには黒人奴隷たちならではの暗号が埋め込まれていたとのことで――。

秘密結社「地下鉄道」

益子務の名著『ゴスペルの暗号 秘密組織「地下鉄道」と逃亡奴隷の謎』によると、いっけん神を讃えているゴスペルの歌詞は、実は南部黒人奴隷たちを北部ないしカナダに逃がすため組織された「地下鉄道」と密接にリンクしていて、奴隷制賛成派の白人に伝わらない「暗号」が埋め込まれていた。

「マスク(隠蔽)とシンボル(象徴)の工夫ないし2重の意味を考慮に入れることなしに、霊歌を十分に理解することはできない」とワイヤット・ウォーカーも釘を刺している(1)。

しかし「二重的意味歌(ダブル・ミーニング・ソング)」(ハロルド・クーランダー)の具体的な内容解読に踏み込む前に、なぜ霊歌が暗号化されていったのか、黒人奴隷の心理的条件のみならず社会的条件も考慮しておきたい。

まず彼らは文字を読めなかったことが大きい(黒人奴隷に文字を教えることは法的に禁止されていた)。それゆえ秘密文書によるやり取りができず、さらに奴隷同士の会話も禁止され、仕事中は生産性を増し、自分の居場所を示すために常にワークソングを歌っていなければならなかった黒人奴隷にとって、意思疎通はその歌によってしかありえなかった(2)。

さて隠語で「地下鉄道」とはいうものの、これは実際の鉄道などではなく、実際には徒歩や馬車で通路(ときに道なき道)を移動していた。