刑務所で培われた「すべてを疑う態度」

ラーは徴兵拒否の結果、刑務所に入れられた。そしてザッパもまた、覆面警官にポルノ映画を撮るよう依頼され、喘ぎ声とベッドが軋む音だけ入ったふざけた音声テープを提出したら、それを証拠として逮捕された。

ザッパの評伝を書いたバリー・マイルズは、この経験がいかにザッパにとって通過儀礼の役割を果たし、彼を変貌させたか記述している。「出所するころには、ザッパはもう官憲から聞かされることは何も信じなくなっていた。学校でアメリカン・ウェイ・オブ・ライフについて学んだことは、すべて嘘だった(6)」。

刑務所で培われた、世の中の当たり前とされることすべてを疑う態度―これはサン・ラーも同様に得たものだった。彼らが自らのバンドを「刑務所」のように仕立て上げたのは、こうしたキャリア初期におけるトラウマ的記憶も作用しているだろう。

ーーーー

(1)「思春期を迎えた頃、様々な身体的問題が彼を蝕み始めた。特に睾丸発達障害、停留睾丸、病名そのものが災難であり苦痛をもたらすものだが、これは重症のヘルニアを併発させた。彼はこの病をできる限り隠したが、これは絶えず不快感の原因となり、いつも内臓器官が移動するか降りてくるような気にさせ、彼を脆弱にし用心深くさせた」(スウェッド、19頁)。

(2)サン・ラーの考案したアーケストラのメンバーに対する懲罰の数々に関しては、ジョン・F・スウェッド、湯浅学監修、湯浅恵子訳『サン・ラー伝 土星から来た大音楽家』(河出書房新社、2004年)、(122-123頁)を参照のこと。

(3)Paul Youngquist,  A Pure Solar World: Sun Ra and the Birth of Afrofuturism (University of Texas Press, 2016), p.66.

(4)Youngquist, p.67.15「仕込んだ猿」に関してはアレックス・ウィンター監督のドキュメンタリー映画『ZAPPA』における、バンドメンバーのルース・アンダーウッドの発言より。

(5)バリー・マイルズ、須川宗純訳『フランク・ザッパ』(Pヴァイン、2022年)、7頁。クロノロジカルに記述されるこの評伝が、序章にこのポルノ製作による逮捕事件を配していることからも、ザッパのキャリア形成にとっていかに重要な一件だったかを物語っている。

ーーーー

※本稿は、『黒人音楽史――奇想の宇宙』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。


黒人音楽史――奇想の宇宙』(著:後藤護/中央公論新社)

奴隷制時代から南北戦争、公民権運動をへて真の解放をめざす現代まで。アメリカ黒人の歴史とは、壮絶な差別との闘いであり、その反骨の精神はとりわけ音楽の形で表現されてきた。しかし黒人音楽といえば、そのリズムやグルーヴが注目された反面、忘れ去られたのは知性・隠喩・超絶技巧という真髄である。今こそ「静かなやり方で」(M・デイヴィス)、新しい歴史を紡ごう。本書は黒人霊歌からブルース、ジャズ、ファンク、ホラーコア、ヒップホップまで、黒人音楽の精神史をひもとき、驚異と奇想の世界へと読者をいざなう。古今東西の文献を博捜した筆者がおくる、新たな黒人音楽史。